博物学標本のオンラインアクセスを実現するためのArtec Space Spiderによるデジタル化
課題:パンデミックロックダウンの中、生徒や講師が博物学遺品コレクションにアクセスできるようにすること
ソリューション:Artec Space Spider及びArtec Studio
結果:無料での使用やダウンロードが可能な、実在する標本の高品質の3Dスキャンデータの仮想ライブラリが実現した。
自然界は常に、人類にとって無限のインスピレーションの源泉である。ヤモリの脚の生体力学を模したクライミングパッドやサメの皮膚の形状や機能を再現した抗菌マイクロパターン、また、鳥のくちばしの形にヒントを得た新幹線の空気力学などは、自然界のモデルやシステム、構成要素などが、人間界の複雑な問題や設計課題の解決に利用された実例のほんの一部に過ぎない。
生物学者、及び著者であり、生物模倣研究所(Biomimicry Institute)の共同創立者であるジェニーン・ベニアス(Janine Benyus)がTED talkでの有名な講演で語ったように、「我々は類まれな能力を持つものに囲まれている。(何かを)創り上げることは、人類が最初に始めたことではない」
グローバルな都市化現象、都市への大量の移住や新しい旅行規制により、人類が、この最も偉大な創造者のもたらしていた観点、処方箋や青写真のようなものすべてに触れることのできる機会は制限されてしまった。しかし、世界の中には、わざわざ荒野へ行ったり、孤島へ飛行機で渡ったり、密生して足を踏み入れることのできないジャングルや耐えられない厚さや寒さの中をかき分けていくこともせずに、何千もの本物の博物学の標本にアクセスできる場所がある。そのような場所の一つが、エドナ・W・ローレンス自然研究所(the Edna W. Lawrence Nature Lab)である。
エドナ・W・ローレンス自然研究所(画像は自然研究所の厚意により掲載)
概説
ロードアイランド・スクール・オブ・デザイン(Rhode Island School of Design, RISD)の卒業生であり、同大学で長年に亘り職員を務め、学者、教師、そして優れたアメリカの画家でもあったエドナ・ローレンスは、彼女自身の言葉を借りると、「自然の美しさ、その形、空間、色彩、特性、デザインや構造の驚異に生徒たちが目覚めるように」、一九三七年に研究所を創設した。
自然研究所は普通にあるような、ありふれた研究所ではない。エドナが、一九二〇年代に自身の自然のドローイング(Nature Drawing)クラスにおいて、夏期のロードトリップの際に収集した自然標本の小さなコレクションは、一九三七年には一二八六種に増え(貝や蝶、鉱石、骸骨、種子のさや、剥製などを含む)、エドナの定年退官時には二万五千点に拡大した。
今日、博物学のコレクションは八万点もの標本により構成され、RISDの学生や教職員は、自然科学、人文科学などの専攻に関わらず、デザインプロジェクトに携わっているだけであっても、標本を自由に利用できる。
「他の大学や独立施設には、自然研究所やその博物学コレクションのような機能を有する学部や機関は見当たらない」と、研究所の生物学職員のベネディクト・ガラーディ(Benedict Gagliardi)は話す。「研究所では、学生は完全な形での没入型(immersive)の体験をすることが可能で、キャビネットを開け、貝や骨、流木の一片や動物の剥製を取り出し、描画の対象としたり、五感で感じたり、動かしてみたり、一定の時間を共有しながら『触れ合う』ことができる」
「とても心地の良い環境だ。そのイメージは、『好きなだけ掘り下げるお手伝いはするが、無理強いはしない』というような感じである」と、自然研究所の暫定取締役であるジェニファー・ビソネット(Jennifer Bissonnette)博士は語る。「もし、質問があれば、その答えを発見するために詳しく調べたり、試してみたいことを実行したりする際の力になる三人の生物学者が常駐している」
主要な収集物の他にも、自然研究所には昆虫や地衣類、サンゴやその他の小規模な標本、有機物、無機物のコレクション、植物、珍しい博物学の書籍を収蔵し、様々な尺度や寸法で自然生成物を調べるための最新の撮像装置の利用も許可している。自然研究所のチームが二〇一五年に導入した、そのような撮像装置の一つがArtec Spiderである。
ツール一式への3Dスキャナの追加
「我々の現在の活動に含まれるのが、新しい方向性を取り入れる目的で、可視化のための空間を製作することである」とジェニファー・ビソネット博士は語る。「我々の収蔵している生命体やサーフェス、テクスチャを正しく理解するための斬新な方法を考案中だったので、異なる構造物を非常に優れた解像度でキャプチャする最先端の性能を持っているArtec Studioは、正にピッタリの機器だった」
細かいディテールを持つ小規模のオブジェクトを高精度でスキャンできるよう設計されたSpiderは、自然界の、若しくは歴史的価値のある遺物の形状や色彩をそのままデジタル保存できる、理想的なソリューションである。パワフルで正確である上、軽量で使い易いSpiderは、プロフェッショナル用の顕微鏡やウェアラブルカメラ、GPS、その他の自然界に存在する生物や標本、システムやプロセスの研究や記録用のツールと共に研究所の撮像装置一式に加わる、歓迎すべき機器となった。
自然研究所はArtec Spiderを使用し、八万以上の博物学の収蔵品を持つコレクションをデジタル化している(画像は自然研究所の厚意により掲載)
3Dスキャナが研究所の職員や学生に利用可能になると、程なく最も人気のある機器の仲間入りをした。「そのような高品質の機器の使用許可が与えられ、利用に専念できることは研究の励みになるようだ」とガラーディは語る。「プロジェクトにおいて『これをスキャンしておいて』と他人に頼むよりも、自身で機器を使用すると、その過程はより個人的な体験となり、より思い入れが強くなる」
デジタル化の導入
生徒たちがSpiderによりキャプチャした剥製の標本、博物学関連の生物や物品の3Dスキャンデータは当初、ガラーディと彼のチームの外付けハードドライブに保存されており、直接問い合わせない限り、その製作者のみが利用可能な状態であった。しかし、パンデミックが襲来し、その一連の過程が全く変化した。研究室に来ることができず、コレクションを扱うこともできなくなった生徒や職員のために、そういった標本の、少なくとも一部へのアクセスをデジタル処理により可能とする方法が必要となった。ガラーディが、手元にあるすべての3Dスキャンデータをオンライン3Dモデルの共有プラットフォームであるSketchfabにアップロードし、仮想3D標本ライブラリを作成するアイディアを思いついたのは、その時であった。
「パンデミックが起こり、触覚による学習の機会を失った上に、デジタル化による代替案を探すのも非常に困難であった」と、ガラーディは語る。「しかし、驚いたことに、デジタル化したコレクションは、カリキュラムをデジタル化しようと奮闘していた先生方には大きな利点となった。Artec Spiderでの3Dスキャニングは、物品を三次元で理解するには無くてはならない存在となった」
研究所チームは、学生、教職員双方が標本などのモデルに独自の解釈を加えるためにファイルを使用し、モデルを分解するなど、思い通りに利用できるようにするため、ライブラリ上のすべてのモデルのダウンロードを無料とすることを決定した。
Artec Spiderを用いて作成されたオウムガイの3Dモデル
あらゆる標本や素材の正確な3Dレプリカを入手することで、研究所チームは自身の生物模倣クラスに新たな視点を持ち込むことができる。
「研究所で取り組んでいるテーマの一つは、『生物模倣』と呼ばれるもので、言い換えれば、設計における解決案を着想するために自然を利用することだ」と、ビソネットは語る。「自然界の異なる種類の生物の姿や物品のデジタルコレクションがあれば、分析に使用したり、他のソフトウェアへ転送して、設計目的を選ばずに加工が可能な構造物の製作を始めることもできる」
この新しい手法により、かつては『研究所内のみ』の使用が可能であった物品の貸し出しも可能となった。
「通常の学期においては、当研究所では図書館の本のように、手作りのガラスケースに入った羽を広げた蝶や特殊な貝のような、あらゆる種類の多くの小さな標本の貸し出しが可能である」と、ガラーディは語る。「貸出不可のものには、赤い点が付けてある。3Dスキャニングはある意味、そういったものの貸し出しも可能としたため、閉館後や遠隔地でも、標本を扱うことが可能となった。その結果、従来の貸し出しシステムも全く異なる形で機能するようになった」
また、3Dモデルのデジタル版カタログを入手できることにより、国際的な創作者や研究者のコミュニティと繋がる機会も増えていった。
「我々の3Dスキャンデータを独自のアートワークやビデオゲームのデザイン、その他の分野の作品に利用した人々から、喜ばしいコメントが多く寄せられている」と、ガラーディは語る。「また、生物学者の方に、標本の一部の識別に協力していただいたこともある。以前、Sketchfabで『チンチラの頭蓋骨』と名付けていた標本が、実は、マスクラットの頭蓋骨であることが判明したことがあった」
通常のワークフローにて
パンデミックの中、スキャニング過程も変化せざるを得なくなった。ほとんどすべての人々がリモートで業務や学習を行う中、研究者や学生から各自で新しく作成した標本を追加して欲しいとの要望を受け、異なる標本のスキャニングを始めたのはガラーディであった。
「標本を仮想スペースへ持ち込むことは、学生や教職員が行うことのできる興味深い作業ではあったが、突然、コレクションにアクセスするために常に行うべき作業へと変化した」と、ガラーディは語る。
標本はそれぞれ独自の特徴を持っているが、研究所のスキャニング過程では、オブジェクトのほとんどはスキャンを二回行う、同じワークフローを辿る。
対象となる物品は、まず上部と側面から一度スキャンされ、その後、ひっくり返された後に底面と側面からもう一度スキャンされる。その際、チームは、高品質で均等に照明の当たったテクスチャのキャプチャを実現するためにはORANGEMONKIE製のライトボックスを使用し、円滑で一定のスキャニングを可能とするためには、電動のターンテーブルも利用している。
「Artec Studioソフトウェアの使用当初から、特に、その作業工程を見て感心した」と、ガラーディは語る。「生スキャンデータを収集した際には、『すごいな、スキャンしたものと同じだ』と思うかもしれないが、成果品となる完成したメッシュは遥かに洗練されたものとなるので、未だに成果品ができあがる度に驚かされる」
スキャニングが完了すると、チームはArtec Studioを使用してデータを処理する。処理が完了すると、完成したモデルはそのままSketchfabへ直接エクスポートされ、場合によっては、その前に追加の後処理のためにBlenderへエクスポートされる。「Artec Studioの出力するスキャンデータはとても高品質なので、エクスポートするだけで作業が完了することも多い」と、ガラーディは話す。
現在、デジタル化されたコレクションは五百から六百のスキャンデータを有し、そのうちの四百近くはSketchfab上にアップロードされており、ダウンロードが可能である。
将来的な予定は
3Dスキャンされた標本の仮想ライブラリの立ち上げを通じて、自然研究所チームは、エドナ・ローレンスの伝説的なコレクションの素晴らしい自然界の遺品のうち、数種へのアクセスをRISDの生徒や教職員だけでなく、そのような資料を使用できないような公共学校や施設に対しても許可した。このことにより、Artec社製のスキャナやフォトグラメトリ、その他のデジタル化手法を同様に利用している他大学や博物館とも繋がり、共同作業を行うようにもなった。
「RISDの外部の人文科学分野の専門家、及び非専門家の方々から感謝や質問のコメントやメッセージを絶えずいただいている」と、ガラーディは語る。「最近、博物館向けの技術的サービスを提供する、世界最大の供給企業のうちの一社のプロジェクトマネージャーから連絡があり、我々の着色されたカメのモデルを自身の鋳造プロジェクトで使用するための許可を求めてきた。このプラットフォームと唯一無二の資料が培う、広範囲で多彩なつながりに驚くばかりだ」
学生がArtec Spiderにより3Dモデルを作成できるように養成する個別教育においても、仮想コレクションは生徒、教師やその他のユーザーにとって多大に価値のあるものとなっている。RISDではデジタルコレクションを学習ツールとして頻繁に扱うリモートのコースが今でも開催されており、コレクションは大学の生涯教育プログラムの受講対象がデジタルプラットフォームを通じて拡大していく中、貴重な財産となっている。
「我々はリモートのデジタル資料の構築を是非続けていきたいと考えている」と、ガラーディは語る。「パンデミックにより、その重要さに気付かされることが多々あった。上手く機能しているリモートの活動に関して言えば、Artec Spiderが入手出来ていなければ、今年の状況は全く異なっていただろう」
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