Space Spiderがいかに気候変動に対する鳥の形態変化の計測に役立ったか
課題:オーストラリアの研究者たちが、複数の種類の鳥類を研究し、前世紀の地球温暖化に対する、その体形の変化を測定しようとしている。この研究者たちには、様々な博物館の収蔵物である、八十六種類の鳥の標本の何千ものくちばしの寸法を記録するため、素早く、正確で便利な方法が必要だった。
ソリューション:Artec Space Spider、およびArtec Studio
結果:ハンドヘルド式3DスキャナであるArtec Space Spiderを使用すれば、鳥の標本は一羽当たり約2分間の間にミリ単位未満の正確さで、カラーの3Dデータへとスキャンできる。これで、一回の博物館の訪問で三十から五十の標本をスキャンできるようになる。スキャンの一羽当たりの処理は、六分以下で完了する。完成したスキャンデータにより、研究者は、鳥のくちばしが前世紀の間に四パーセントから十パーセント大きくなったことを証明することができた。
Artec Space Spiderでモモイロインコ(学名Eolophus roseicapilla)の3Dスキャンを行う博士課程大学院生のサラ・ライディング(Sara Ryding)(写真提供:サラ・ライディング)
過去数十年間に、地球温暖化の最も衝撃的な影響と見なされる事象が起きている。世界中の複数の種の鳥が気温上昇に反応し、死に物狂いで環境に適応し生存していくために、そのくちばしや脚、その他の器官の形態を変化させている。
この変化が熱の対処にいかに役立つかについては、「アランのルール」と呼ばれる、あまり知られていない観察結果によって説明が可能である。十九世紀に実現したこの生物学的法則では、一般に、より暖かい気候での動物の耳やくちばし、尾や手足などの身体器官が比較的大きいことが記されている。
多くの身体器官は毛皮で覆われていないため、このような解剖学的構造が熱放射体として内部の熱を放散し、より快適な度合いまで冷却する役割を果たしている。
フラミンゴがくちばしや脚から熱を発散している様子を示す赤外線画像(画像提供:グレン・タッターサル、Glenn Tattersall)
アフリカゾウでは、その耳がそれに該当し、ネズミではそのしっぽ、そして、鳥類ではくちばしや脚がこの役割を担う。
鳥類の体温調節の方法
この素晴らしい体温調節能力を鳥類が自然に備えた経緯に注目すると、この調節方法の有効性が見えてくる。まず、鳥類の身体の体温調節機能の中で、最も効果的な箇所の一つを取り上げてみよう。それは、くちばしである。じっくり観察しないと、鳥のくちばしは木の樹皮のように生命の無い、不活性の素材でできているように思うだろう。
南アフリカ、カラハリ砂漠で発見されたメスのミナミキバシコサイチョウ(学名Tockus leucomelas)のくちばしに見られる高度な血管分布(写真提供:T. van de Ven, UCT)
しかし、それどころか、くちばしには非常に多くの血管が通っており、体内の各所に枝分かれした血管網の存在する、生命のある器官である。分かりやすい例を挙げると、鳥たちは寝る前に体を冷やす必要のあるときに、くちばしに血液を大量に送り込むことによって余分な体温を分散させ、中核体温をより睡眠のとりやすいレベルに落とすのである。
その体長に比較して大きなくちばしを持つ鳥は、明らかに、小さいくちばしを持つ鳥種に比較して、この機能をより効率的に利用している。
ニシツノメドリ(学名Fratercula arctica)の放熱活動を示す赤外線写真(写真提供:グレン・タッターサル、Glenn Tattersall)
更に広い観点から考えると、動物は何世代もの間に、温度上昇に対し、身体のある器官、もしくは複数の器官の大きさを、その身体と比較して増大させている可能性がある。そのような変化は通常の身体の釣り合いに影響するため、その過程はシェイプシフティング(shape-shifting、体形を変えること)と呼ばれている。
鳥類のシェイプシフティングの一部始終
鳥類の場合は、このような身体構造上の変化は極めて小さく、発生しているシェイプシフティングの度合いを効果的に測るためには、前世紀において何十年もの間に収集され、現在は博物館で所有されているような鳥の標本を調査する必要がある。
過去の研究は、鳥の種別ごとや、特定の鳥の集団の中で発生した進化の過程を示す証拠に注目していた。しかし、鳥類生物学の部門の急速な発展を示す現在の研究では、十種類の鳥綱に属する八十六の鳥種を代表する、六千羽にも上る鳥が対象となっている。
ルリオーストラリアムシクイ(学名Malurus cyaneus)のArtec Space Spiderによるスキャン(写真提供:サラ・ライディング、Sara Ryding)
この研究は、オーストラリア、メルボルンのディーキン大学(Deakin University)博士課程の大学院生サラ・ライディングとその研究仲間によって行われ、その対象は、オーストラリアの鳥種であった。
このような研究で必要とされる、何千もの鳥の標本の寸法の計測で最高水準の精度を得るために、ライディングの指導教官であるマシュー・シモンズ(Matthew Symonds)博士は、ソリューションとして3Dスキャニングを選択した。
カタグロトビ(学名Elanus axillaris)を手に取る研究者サラ・ライディング(写真提供:サラ・ライディング)
シモンズは、市場で出回っている、研究に適合した3Dスキャナをすべて慎重に調べた後、現地のArtec社のパートナーであるObjective3D社と連絡を取った。
同社の専門家に紹介されたのは、正確さと解像度に厳しい要求を強いられる研究者やその他のプロフェッショナルの間で認められ、愛用されている計測業水準の正確さを持つ、ハンドヘルド式3Dスキャナ、Artec Space Spiderだった。
Artec Space Spider
鳥のシェイプシフティングを見極める従来の方法では、くちばしの長さ、幅、高さの計測にはデジタル式の測径器の使用が必須であった。その寸法を同じサイズの円錐の表面積を求める方程式に当てはめ、必要な値を求めていた。
Space Spiderにより3D形状データを完全な形でキャプチャする
くちばしには複雑な種類があり、幅広い形状があることについて、ライディングは、「くちばしの寸法を簡素な円錐形に簡略化すると、ジオメトリの一部を失ってしまい、記録するべき大事な身体構造のサーフェスデータを失うことにつながる」と語る。
更に、「私が注目しているのは、アヒルから鳴禽類や猛禽類までにわたる全く違った種類の鳥で、そのような幅広い鳥種の研究をしていると、全く形の違うくちばしを発見することになる。だからこそ、このような用途には、有機的なサーフェスの構造のすべての箇所を余すことなくキャプチャできる3Dスキャニングが、その他の方法より断然合っていると思った」と続ける。
デジタル式の測径器でホウセキドリ(Australian striated pardalote)のくちばしを計測するための準備(写真提供:サラ・ライディング)
マニュアルでの計測方法のもう一つの難点は、「オペレータエラー」である。このことは、特に、測径器の設置場所の微妙な違いのために、得られる寸法が研究者によって変わってくることを意味し、誠心誠意に臨んだとしても、経験を積んでいても、結果的に有意に値する違いを生み、データの結果に影響を及ぼすことになる。
スキャンを次々に行い、ミリ単位未満の正確さで数秒のうちに計測を完了
ライディングによると、「Artec Space Spiderなら、すべてのスキャンは誰がやっても同じ結果となるため、オペレータエラーを必要最小限に抑えることができる。これこそが、研究者が求めていることだ。データセットの正確性が高いほど、相関関係をより明らかに確認でき、結論を導き出す手助けになる」ということである。
現在の時点でシモンズの研究が示しているのは、前世紀だけで、調査された鳥のくちばしの大きさはおよそ四~十パーセント増大していた、ということだ。
生産性の面では、COVID-19によるロックダウンにより博物館への訪問の頻度が減り、収蔵物へのアクセスが限られたが、それでも、数カ月の間に三千羽以上の鳥をスキャンすることができた。最終目標は、六千羽である。
ライディングは、スキャンをする日には、博物館で一つかそれ以上の鳥種の標本を扱う。専門職員の助けで、トレイに乗った目的の鳥の標本を探し出し、採集年や発見された場所などにより、どの標本をスキャンするかを見極める。
小さめの鳥については、午後の一回の訪問で、だいたい四十から五十の標本をスキャンができる。大きめのものでは、三十から四十が現実的な目標だ。
Artec Space Spiderのテクスチャ無しのモモイロインコのスキャンのArtec Studio上のスクリーンショット(写真提供:サラ・ライディング)
ライディングのスキャニングワークフローは単純なもので、まず、ターンテーブルに鳥の標本を、顔が上向きになり、背中を下にして横になるよう設置する。その後、ターンテーブルをゆっくりと動かしながら、Space Spiderを一度標本にかざすだけで、くちばしのすべての重要な構造部分をキャプチャしながらスキャンを行う。この作業を約二分かけて完了させると、多くの可能性を秘めたスキャンデータを入手することができる。
マニュアル測定を凌ぐ信頼性のある3Dデータ
ライディングの言葉によると、「スキャンする度に、分析用に充分以上の、幾何科学的形態計測学などの将来の研究に使用できるデータとしても有り余る程のサーフェスデータを得ることができる。以前のやり方を考えてみると、デジタル式の測径器によってでは、このような非常に細かいサーフェスデータをキャプチャすることは不可能」ということだ。
Artec Space Spiderのテクスチャが適用されたモモイロインコのスキャンのArtec Studio上のスクリーンショット(写真提供:サラ・ライディング)
ライディングはスキャンの処理をArtec Studioのソフトウェア上で、自宅か大学で行う。開始から完了まで、標本一つごとにかかる時間は約六分である。
ライディングはこの段階の作業について、更にこう話す。「私のスキャン処理のワークフローは、まず、グローバル位置合わせを行い、外れ値を除去した後、最も細かいディテールさえも極めてクリアな形で保存するためのシャープメッシュ化を行う。その後、羽根を覆われた部分とくちばしの境目が分かるように、テクスチャを適用する。そして、スキャンデータにくちばしのみが残るように、不必要なものを除去する」
Artec Studio上でのモモイロインコのくちばしを計測用に分離する作業(写真提供:サラ・ライディング)
その後、デジタル式の測径器での測定寸法に対する管理チェックの目的で、Artec Studioの計測ツールを使用してくちばしの直線的寸法を素早く取得する。
ライディングは、次の段階をこう説明する。「それから、デジタル式の測径器では不可能なことを実行する。それが、サーフェス面積の測定であり、単に線形的な面を用いるのではなく、くちばし全体の面積を計測する」
「Space Spiderは、くちばしの構造のすべての小さな曲線部分も緩やかな部分もキャプチャできるため、くちばしのサーフェスの面積をミリ単位以下まで正確に測定することができる」
ライディングは、この点について、さらにこう説明する。「この寸法をそのまま採用したが、もし、自分か、他の研究者がSpace Spiderのスキャンデータを使用した上で行うことができるような、幾何学的や形態測定的な分析を行うとすれば、モデルをそのままPLYファイルとしてエクスポートして、必要な課題を完了させるために、あらゆる用途に利用するだろう」
メジロキバネミツスイ(学名Phylidonyris novaehollandiae)のArtec Space Spiderによるスキャン(写真提供:サラ・ライディング)
オーストラリアの国境を越えて、この研究の調査範囲を拡げていくことに関して、ライディングは、より多くの研究者が現在のデータに更なる研究結果を追加していくことにより、地域、大陸や半球を越えて、あらゆる鳥種(やその他の動物)に起こっているシェイプシフティングを正確に数値化して比較することができるようになれば、と期待を寄せている。
生物学研究での見過ごすことのできない3Dスキャニングへの需要
ライディングは、3Dスキャニングは信用性のある形で研究の目的を達成するための必携の機器である、と述べている。「私たちの研究を複数の研究者の間で円滑に進めるためには、直接比較できる正確なデータの入手は必要不可欠だ。マニュアルの測定法は、もはや充分な方法ではない」
さらに、「Space Spiderを使えば、鳥の標本一つ当たり二、三分もあれば、ミリ単位未満の正確さのサーフェスデータとリアルなテクスチャのディテールをキャプチャでき、この両方のデータで、現在や将来の研究に必要なすべてのものが手に入る」と語る。
キミドリコウライウグイス(学名Oriolus flavocinctus)のArtec Space Spiderによるスキャン(写真提供:サラ・ライディング)
ライディングと彼女のチームは、有効な3Dスキャナを使用できない環境にある研究者のために、現在の鳥のくちばしのサイズを見積もる方程式を、その概算値とSpace Spiderで作成した正確な3Dモデルの寸法とを比較した上で(ジオメトリを用いて)改良しようとしている。
改良は、ライディングが八つの別々の線形的なくちばしの寸法のうちで、最も重要なものを選別することにより行われた。その寸法を利用して、同じ標本の3Dモデルと比較することで、くちばしの寸法のマニュアルの概算値を改善するための新しい方程式を考案した。
ライディングの研究は、この方向性に沿って未だ進行中であり、方程式の更なる追加や、鳥種の調査範囲の拡大を計画している。